「ほんとにありがとう前島さん。私も本部長にはすごくお世話になったから……」
「いや俺こそ助かったよ。1人じゃとても無理だ」
二人は川上の行きつけだった居酒屋で作戦会議をしていた。里香は地味だがどこか品があり、いい家で育ったと言われても違和感がない。さらには仕事を完璧にこなし、男性だけでなく女子社員からも人気が高い。彼女がいればこの捜査も百人力だ。
聞き込みをした人数は60人、そのうちアリバイがないのは大貴を含めて10人だった。しかし川上と深く関わっていた人間は大貴と後輩の三村だけだった。
「三村か……。でも僕ほど関わりが深いわけではなかったから、ここのリストからは外していいかな……」
「え?」
「え?」
お互い焼き鳥を持った手が止まる。里香がばつの悪そうな表情を浮かべる。
「あの、その……。こういうことを言っちゃいけないと思うんだけど……」
「うん」
「……三村くん、川上さんの奥さんと不倫してるの」
川上の大好物だった砂肝がひとつ、スラックスに落ちた。
その夜、大貴はいつもの公園でランニングをしていた。朝とは違う不気味な静けさで、気を抜くとこの暗闇に足元をすくわれそうになる。ただ、後輩が先輩の奥さんと不倫していたという事実が信じられなくて、走るしかなかった。
信じたくはないが、専属秘書がそう言ってるんだ。
明日、奥さんに話を聞くことになった。どうか、嘘であってほしい。せっかくの趣味の時間を、大貴は沈んだ気持ちで過ごして終わった。
翌朝、川上の家に向かうと妻の美智子と三村が迎えた。嘘ではなかったことに衝撃を受けた。
天井が高く、大人が複数人走り回れるほどの大きな家。住宅ローンを払い終わるまではしっかり働かないとな、と嬉しそうに笑っていた川上をよく覚えている。
「本当にすみません!」
三村は土下座し、不倫に至った経緯などを教えてくれた。初めて川上さんの家に行った時に美智子夫人と意気投合し、気がつけば不倫が始まっていたらしい。
「でも、川上さんは俺たちの不倫を認めてくれてたんです」
「え?」
「そうです。仕事漬けで悪かった。これからは幸せになってくれって、離婚届を書いてもらう予定だったんです」
「そうなんですか?」
「はい」
家のチャイムが響いた。半ば強引にあの蛇刑事が入ってきた。
「三村隼さんですね。少し今回の川上純一さん殺害の件でお話を聞きたいので署までご同行願えますか?」
「えっ、ちがいます!俺じゃないです!信じてください!」
「隼くん!」
今日もまた夜の公園を走っていた。
離婚届に書いてもらう予定だった。それが本当なら三村は無実だ。
ふと後ろから足音が聞こえる。それは少しずつ少しずつ大きくなり、そしてーー
「うわ」
「わっすみません」
知らない中年男性だった。
真犯人はまだ、どこかに潜んでいる。そう感じた。