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ミゴイは息を潜めて森を歩いていた。
そびえ立つ木々の葉たちが日に照らされ、宝石のように美しい緑が一面に広がっている。地面も我先に光を浴びようと名も分からぬ草木たちが揺らめいている。
ミゴイはこの森の奥に住む村の少年だった。
村一番の呪い師である婆様からもらった魔除けの首飾りと、村の英雄である兄様から譲り受けた弓矢を担ぎ、森を進んでいく。
ーーカサリ
ミゴイの近くで草木が触れ合う音がした。
野うさぎが草を喰んでいる。
周りを気にする様子は一切なく、草木に集中して食事を楽しんでいるようだった。
しめた。
ミゴイは心の中でつぶやくと、草木と同じ色をした弓矢を構えた。
ほどなくして矢は野うさぎを捉えたが、ミゴイは矢を放つことができないでいた。
「野うさぎも一生懸命生きているのに、僕が邪魔をしてはいけない。」
彼は狩りの素質は十分にあるが、臆病ゆえに一度も獲物を狩ったことがなかったのだ。
村のしきたりとして、10歳になった男児は熊を一人で狩り、大人の仲間入りを果たす成人の儀が行われる。しかしミゴイは13歳になった今でも熊はおろかうさぎさえも狩ることができない。
それを憂いた婆様に「なんでもいいから獲物を一匹でも仕留めてくるまで村に帰ってくるな」と追い出されたのが5日ほど前のこと。
ミゴイは歯を食いしばり、目の前の獲物に集中する。
優秀な兄様のようにならなければーー。
矢の先にいる野うさぎが姿を消していた。
どうやら食事を終えたようだ。うさぎに食べられ背が縮んだ草木たちが悲しげに揺れる。
また失敗してしまった。
今日もまた晩飯は草か……。
大きくため息をつくと、少年はその場をあとにした。
少し歩くと、肉の焼ける美味そうな匂いがした。
パチパチと脂と火の弾ける音がする。
誰か僕以外に修行している者がいるんだろうか?
あたりを見回すが、主の姿が見えない。
その矢先
「うおっ、びっくりした」
ずんぐりとした男が真後ろで肉を焼いていた。
少年は本来逃げるべきものを、久しぶりに見た肉に釘付けになっていた。
婆様に聞いたことがある。
村の麓には人間として生き抜く力を失った者たちが蠢いている国があると。
肉を焼いていた男、マサルはまさしくその国から来た「ソロキャンパー」という種族らしい。
間抜けな顔とずんぐりむっくりな背格好で随分頼りなさそうに見えたが、少年の知らない道具を使いこなしたり、なにより肉を分けてくれたりとミゴイはすぐに心を開いた。
「ステーキだ。最高だぞ」
初めて聞く動物の肉を頬張ると肉汁が一斉に口の中に溢れた。しかもそれは噛めば噛むほど旨味が出てくる。いつも食べているうさぎや鹿では味わえない重量感、瞬く間に虜になった。
一緒に食事している間に二人は仲良くなり、気がつけば身の上話をしていた。
「狩りってすごいなあ。俺なんにもできねえや」
「何もすごくありません。僕が臆病者だからで……」
「……それは臆病じゃないと思うけどな」
マサルはそう呟き空を見上げた。
気がつけば日が暮れている。
「ミゴイは臆病じゃなくて優しいんだよ。自分以外の者のことも考えてあげられる。本当の臆病者は俺みたいに自分勝手で、そのくせ自分で責任を取れない奴だよ」
「マサル様こそ臆病では……!」
「俺にも優秀な兄様がいるんだ。皆から慕われている自慢の兄だが、なんだかみんなに比べられているような気がして……。なんか嫌で逃げてきたんだよ。……誰も何も言ってないのにな」
マサルの目には薄っすらと涙が浮かんでいた。ミゴイはさっきまで自分をたくさん褒めてくれたマサルを思い出す。自分も力にならなくては……。
「素性も分からない者に肉をわけてあげる臆病者などおりません!マサル様もマサル様の兄様のようになれます!」
マサルは驚いた顔をしたあと、
「そうだな!俺ももうちょっと頑張ってみるよ」
ミゴイの頭を撫でた。
兄様のように暖かく大きな手だった。
マサルは相変わらずの手際の良さで道具を片付けてはバイクという銀色に光る模型にまたがった。
「また会えますか?」
「そうだな。そのときはミゴイが狩った熊とステーキ食べような」
「はい!」
轟音と共に去っていくマサルの背中を少しの間眺めたあと、ミゴイは森の奥へ足を進めた。