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そんな静かな家に今日でけたたましい声が響く。娘が孫を連れて遊びに来たのだ。最初は嬉しかったが3時間もあの調子で騒がれるとさすがに厳しい。女房は娘と世間話に夢中でパート先の同僚のおばさんがムカつくだの女なんてみんなそんなもんよだのそういえばあの芸能人最近見ないねだの訳の分からない話をこちらも3時間続けている。
俺の家なのに居場所を失ってしまった…。
落ち込んでいると孫たちがいないことに気づいた。うるさいとはいえ可愛い孫、怪我をしたりすると危ないので探しに行くと、こともあろうか俺の趣味の部屋で大事なコレクションたちをいじくり回していた。しかも一番の趣味であるアマチュア無線をだ。
「ダー…アー!アー!」
「こら!何しとる!」
思いの外大きな声が出てしまい孫を泣かせてしまった。必死であやしたが泣き止む気配はなく、声に気づいた娘と嫁にしこたま叱られてしまった。散々な日だ。
娘と孫がようやく帰っていった。自然の静けさが俺を包んでくれる。 めちゃくちゃにされた趣味の部屋の片付けをしていると、アマチュア無線が何かを受信していた。
「ダーアー、ダーアー、こちらミースルトルオー。ミースルトルオー。交信ありがとうございます。そちらはどの局ですか?」
聞いたことのない地名だった。それに呼びかけの言葉も初めて聞くものだ。しかし好奇心が勝ち、返信することとした。
「CQ CQ、こちらJR42B、JR42B。応答ありがとうございます。こちらみずき市です。そちらは?」
思ったよりすぐに返答が来た。
「ダーアー、ダーアー、ありがとうございます。こちらはカーチェル。ミズキとは聞いたことがありませんが火星にもそんな地名があるんですね」
「火星?」
素っ頓狂な声が出てしまった。火星ってあの……火星か?いつか未来で移り住もうと考えている……?
馬鹿な…孫がいじくり回したせいで変なやつと繋がったのかと思い返信をしたが話を聞けば聞くほど本当に火星のようだ。
まず火星は地球と同じように人間(正式には人間のようなもの)がいて、しかもしゃべる言葉もほとんど同じということだ。それだけでなく、犬や猫なんかの動物もおれば山やあり海があり、都会もある。俺たちがみている火星への探査機はだだっぴろい砂漠にたどり着いているらしい。火星で話題になったと交信相手のマルスヤが全て教えてくれた。
マルスヤは35歳の普通のサラリーマンで、融通の利かない上司に睨まれ、部下には営業成績を抜かされながらも家族を養うため毎日働いている、なんとも健気な男だった。
「俺なんかそんな上司バシーンってぶん殴ってるのに。……マルスヤは耐えてすげえよ本当に」
「そんな……いくじなしなだけですよ。」
「なにしょげたこと言ってんだよ!お前は俺みたいな奴と話してくれるいいやつだよ、もっと自信持てよ」
「ありがとうイシダさん…めちゃくちゃ元気出ました!」
「こんな世界もう終わりだというのにな……」
2人の交信を遥か遠くから傍受している者がいた。
地球と火星の間ほどに浮かんでいる小さな宇宙船、その中に彼らはいた。
彼らはリプン星人という生命体で、宇宙ゴミほどの小さい体ながら頭脳は宇宙一、数々の兵器を作り出し幾多の星々を侵略しては繁殖してきた恐ろしい存在である。コックピットの奥には緑色に光る生命体洗脳液というこの液も研究の賜物だ。
「長年の進化をとげ、遂に私たちはあの大きな惑星を手に入れることができるのだ!しかも2つも!これほど喜ばしいことがあるか!」
「……」
「そうか、喜びで声も出せんか……」
「将校……」
狭いコックピットの真ん中で大声を出して笑う将校に、申し訳なさそうに中尉が声をかける。
「どうした中尉」
「侵略やめませんか……」
「なっ、なぜだ!?怖気付いたのか?」
「違いますよ将校……さっきの地球人と火星人の会話聞きましたか?いい話だったじゃないですか……こうやって毎日頑張って生きている人がいるところを侵略するなんてひどすぎやしませんか……」
見ると船員みな先ほど傍受した会話に感動し涙を流していた。
「情が入ったか……。かくいう私ももう少し別の星を探したほうがいいんじゃないかと思ってはいるんだが……しかし、まもなく大佐がおいでになる。大佐がこの星々を見たら侵略は確実に行われるだろう」
「そんな……誰が大佐を呼んだんです!?」
「……お前だ中尉。昨日真っ先に大佐に報告しただろう」
「あっ……。昨日はみんな侵略する気満々でしたから…。それにしてもここまで感情移入させる火星人と地球人は恐ろしいですね」
その時コックピットの扉が開き、胸に大きな階級章をつけた者が入ってきた。瞬時に空気が変わり、泣いていた者たちがさっと立ち上がり敬礼をしている。
「ここが地球と火星か。美しい……」
「はい大佐。……侵略はしますか?」
「何を今更言っているのだ。皆のもの、洗脳液の準備をしろ!」
「……!」
船員たちの空気が先ほどよりも固くなった。リプン星の最高権威である大佐の命令であることは頭ではわかっていても、体が動き出せなかった。
「大佐の御命令だ!早くしろ!」
将校が声をあげたとき、火星から交信があった。
「イシダさん!聞いてください!あの上司他の部署に転勤だそうです!しかも辺境への!本当に嬉しくて……ってこらペロ!いくら嬉しいからって机の上に登ったらダメだろ!」
船員たちはほっと胸を撫で下ろした。
「ペロとはなんだ……?」
「火星人の飼っているペットです大佐。ふわふわで散歩が大好きらしいです」
とたん、大佐が悔しそうな顔をした。大きく深呼吸ののち
「………侵略は中止だ…っ!」
「なっ?!」
「ペットを大切に扱う人がいる星は侵略してはならん!今すぐ撤退しろ!」
船に歓喜の声が響いた!再び船員たちの目には涙が浮かんでいる。
「お、お言葉ですがそんなことを言ってはまた私たちは生命体のいない小惑星を探すことになりますが」
「あんないい人を洗脳なんてできるわけないだろう!まさかお前はできるのか……!?」
「いいえ!正直私も侵略しなくてほっとしております!大佐万歳!」
宇宙船は大きく弧を描き火星と地球から離れていく。
リプン星人はこの宇宙で一番とも言える頭脳を持っておきながら優しい性格のせいで未だ生命体のいる惑星を侵略したことがないのだ。
大佐は離れていく惑星を見ながら呟く
「侵略とはうまくいかないものだな…」